お子様と構築する2つの大切な関係
2021.03.02

お子様を指導する上で、何よりも大切な2つの関係性があります。
1つが信頼関係で、もう1つが尊敬関係です。
それぞれの関係を深いレベルで構築することで、お子様へのアプローチの効果が何倍にも、何十倍にもなります。
また、この深さには限りがありません。そのため、深ければ深い信頼関係・尊敬関係を構築すれば、それだけお子様のプラスの変化が大きくなります。
私がプロとしてお子様に効果を出してきた理由の1つに、この2つの関係構築が上手なことがあると思います。

また、私自身、300名以上の塾講師・家庭教師の育成や、20名以上の教室責任者の育成を行ってきましたが、信頼関係構築が上手な講師は多いですが、尊敬関係の構築(それも、圧倒的な尊敬関係の構築)に秀でている人は少なかったです。

ここでは2つの大切な関係とその驚くべき効果について、記載させて頂きます。

 

①信頼関係

信頼関係は「お子様が講師のことを信頼している状態と、その深さ」を指します。
以下の深さレベルがあります。
レベル1:何気ない会話でも心置きなく話せる状態
レベル2:お子様が気にしていること、周りに知られたくないことでも話せる状態
レベル3:お子様が見せたくない、知られたくないと強く思っていることでも話せる状態

上記のレベルの中にも、それぞれさらに深さがあります。
レベル3のさらに深いところの関係まで構築することができれば、お子様の人生において強く記憶に残る、かけがえのない存在にまでなっていることでしょう。
深い信頼関係が構築できれば、お子様は前向きに講師の言うことを聞いてくれますし、お子様自身が感じるしんどさや負担も大きく軽減することができます。

信頼関係構築のポイントは「お子様自身をどこまで理解しているか、どこまで無条件に受け入れられているか」です。
1つのポイントに「無条件に」受け入れられていることがあります。「勉強を頑張っているから」受け入れている、講師という役割だから「受け入れている」ではなく、そのお子様がどのような状態でも、どのようなことをしても、心から受け入れられるか、が重要です。
さらにもう1つのポイントに「無意識も含めて」受け入れられていることがあります。繊細で敏感なお子様ほど、講師が受け入れているように振る舞っても、無意識のどこかで受け入れていなければ、お子様はどこかで気づきます・感づきます。また、講師自身が受け入れていると思っていても、実はどこか無意識的に受け入れられていなければ、繊細で敏感なお子様は気づきます。
言わば、人間としての度量の大きさ、人への向き合い方がまさに問われます。
ここに1つの講師の奥深さ・難しさがあります。「専門的なノウハウ、卓越した指導技術」があっても、「人として信頼できるかどうか」が、お子様への指導の効果にダイレクトに反映される、ということです。

これは本当に大切なことのため、初回授業は私も、その時間の大半を信頼関係の構築に当てます。何気ない会話から、お子様を知る姿勢、私自身のことを知ってもらうこと、そういったコミュニケーションの中からお子様に「この人は自分のことを理解してくれそうだな、受け入れてくれそうだな」と感じてもらうこと。
単純なコミュニケーション能力だけではなく、私の人となり、人への向き合い方、性格や価値観全てをそのまま見てもらい(偽った場合、後から偽ったと知られることはお子様の不信を買うことになり、信頼関係が一気に崩れます)、お子様に判断してもらいます。
特に初対面の印象はその後も強く残るため、初めにするお子様との会話、どこまで深い信頼関係を感じてもらえるか、は極めて重要です。

 

②尊敬関係

尊敬関係は「お子様が講師のことを尊敬している状態と、その深さ」を指します。
尊敬の対象は「人間としての尊敬」と「特定の何かへの尊敬」に分かれます。多くの講師が、お友達のような信頼関係は一定構築できていても、尊敬はされていない、もしくは少し尊敬されている程度、というであることが多いです。さらには、信頼されているように見えて、どこか見下されている、言うことを聞くほどの人ではない、と思われていることも多いです。
特にスクールカースト上位のお子様や、いわゆる思春期のお子様は、本能的な感覚も含めて「自分より上か、下か」を判断してくることが多いです。おしゃれでイケているお子様が、賢いけど地味でコミュニケーションがうまくない講師を「心の底では見下している(学校の隠キャグループの人間と同じ人間だと認識している)」場合などもよくあります。

この場合、お子様は「言うことを聞かない」です。または、聞いているようで聞いていないです。そのため、講師が行うお子様へのアプローチの効果はかなり弱いものになります。
つまり、講師が行うお子様への指導・授業が適切かどうか、以上に、「お子様が講師のことを心から尊敬できているか」の方が、圧倒的に効果に対して影響があります。

信頼されているものの、尊敬されていない場合もよくあります。「人間としては信頼できるけど、凄いとは思わない。敬意を強く持てる存在ではない」と思われていることも多く、この場合も、お子様へのアプローチは弱いものになります。(「あの先生のことは好きだからやろうとは思うけど、まぁ、無理なら無理で仕方ないか」と思われるなど)

尊敬関係の度合いは、講師が強く叱った際に、お子様がどのような反応をするか、で分かります。(重要なポイントに「怒った」ではなく「叱った」があります。「怒った」はその先生が感情を発散させているだけで、自分のことを思ってはいない状態を指してます。「叱った」はその先生がお子様のためを思って怒る・強く当たっていると「お子様が認識している」状態です。大切なことは、実際にその先生が「怒ったか叱ったか」ではなく、お子様が「怒ったと受け取ったか、叱ったと受け取ったか」が重要です)
本当に尊敬している人に、人間、見放されたくありません。本当に尊敬している人に叱られる、見放されるかもしれないと思うと、「この人には嫌われたくない・見放されたくない」という気持ちが働き、必死に弁解の行動をとる・取りたくなります。(咄嗟のことに弁解の行動を取れないお子様もおられます)
本当に強く叱った時に「怖くない」「見放されるのは嫌やけど、仕方ないか」くらいの反応だと、尊敬はされてません。

そのため、強い尊敬関係が構築されていると、お子様はその先生の言うことを無条件に聞きます。これは本当によくも悪くも「無条件に」ききます。その先生が白といえば、黒いものも白いものとして信じるほどの危うさを持つほどききます。
そして、この強い尊敬関係(私はこのことを「圧倒的尊敬関係と呼んでます」)が構築できていることが、お子様へのアプローチにおいて非常に大きな意味を持ちます。

というのも、お子様が勉強や自分自身に自信がなかったり、無理だと思うことでも、「圧倒的に尊敬する人間から、無理じゃないと強く信じてもらっている」と「もしかしたらいけるのかな」「自分はできるのかな」と思えるからです。

勉強でも勉強以外でも、お子様の限界値は「お子様が思う自分自身の限界値のライン」であることは非常に多いです。つまりお子様の本当のポテンシャルが数学60点なのではなく、お子様自身が「自分という人間は、数学は最高でも60点だ」と思っていることで、それ以上に難しい問題を見た時に、脳がシャットダウンして、60点に結果収まっていることが非常に多いです。この「限界値のライン」はお子様のこれまでの経験や周りの言動によって設定され、強固になっている場合、そのラインを覆すことは容易ではありません。お子様自身が「無理だと心の奥底で思っているもの」ほど、そのラインを超えさせるきっかけとして、「圧倒的に凄いと思っている人が、(自分が無理だと思っている限界値よりも強く)いけると本気で思っている」ことが、そのラインを超えるきっかけとして大きなものになります。

その上でさらに、そのラインをその尊敬する人のおかげで超える経験をする。それもまぐれではなく、何度も超える経験をする。この状態を作り出してようやく、お子様は自身のポテンシャルが80点もしくは100点以上あるんじゃないか、と「心から」思えるようになります。ここまで行くと、点数アップは加速度的に実現できます。

上記から、担当して初回のテストの点数は極めて重要です。ここでお子様が無理だと思っているライン以上の点数を取らせて初めて、「この先生はやっぱり凄い、本物だ。この先生となら自分が思っているライン以上の場所に行けるかもしれない」と、お子様のラインの上限値が引き上がってくるからです。「この先生、凄いかもしれない」と思ってもらっても、2-3回も大きな点数の向上がなければ、尊敬関係はなくなります。一度なくなった信頼・尊敬関係を再度構築することは至難の技ですので、初回のテストで「お子様が無理だと思っているライン以上に点数を上げる」ことが、指導における「圧倒的尊敬関係の根拠」のためにも必要になります。

ちなみにですが、大きな点数アップ後に「やったー!!」と喜ぶお子様はかなり少ないです。経験則的には、「うわっ。。」となり、その後、「今回はまぐれです」や「たまたま、平均点高かったんで」「得意な問題ばかり出たんで」など、「大きな点数アップを心の底で受け入れないような反応」をすることが多いです。
この心理状態は、お子様が自身の限界値のラインを上げてしまうことで「過去、頑張らなかった自分は逃げていたのだ、ということを認めてしまう」ことになり、それが心理的にしんどいためだったり、「自身のラインが思っていた以上に高いことを受け入れることで、これからさらに頑張らなければいけないことがしんどい」だったり、現状維持バイアスと呼ばれるように「自分はこんなもんだ」という基準を変えること自体がストレスフルだったりするので、大きな点数アップをしても「自分のポテンシャルではない、何かのラッキーがあってたまたまそうなっただけだ(自分のラインは変わっていない)」と認識しようとするのです。

 

 

ここで、その認識のまま終えてしまっては、そのお子様の「無意識の自分自身の限界値のライン」は引き上がっていないため、この点数アップの意味がなくなります。
ここできっちり「お子様のポテンシャルはその点数以上ある」「ラッキーではない、あなたの実力だ」と「認識」させることが極めて重要です。
そのため、この点数が大幅に上がった後の授業は毎回、戦いのような授業になります。どうしても認めようとしないお子様と、何が何でも認めさせようとする私の、魂を削った戦いになることが多いです。そこまでしてようやく「自分自身のラインはもっと上にあるのかもしれない(もっと上だ、と断定までするお子様は少ないです)」という認識になり、さらに次のテストで同じ点数以上を取らせることで、ようやく限界値の認識のラインを突破できるようになります。