【実例】発達障害のある子の中学受験~ASDとLD併発のS君の場合~

この記事では、私がこれまで指導させていただいたお子さまの実例をご紹介します。

お名前などは仮名を用いていますが、指導の内容や合格への道のりは実際の指導内容そのままとなっています。

困りごとの対処方法や合格へのターニングポイントなど、お子さまの発達障害や中学受験でお悩みの方にとって非常に参考になる内容となっていますので、ぜひ最後までお読みいただけますと幸いです。

この記事で分かること

  • 発達障害のお子さまの勉強方法のコツ
  • 発達障害のお子さまに中学受験をおすすめする理由
  • 発達障害のお子さまが中学受験するときの学校選びのポイント
  • 発達障害のお子さまが中学受験を頑張りぬくためのメンタルサポートの方法

【執筆・監修】
発達障害専門の受験プロ家庭教師
妻鹿潤
・16年以上1500名以上の指導実績あり
・個別指導塾の経営・運営でお子様の性質・学力を深く観る指導スタイル
・yahooやSmartNews、Newspicksなどメディア向け記事も多数執筆・掲載中

【発達障害と中学受験】小5でASDとLDの診断あり。発達障害のSくんのお悩みとは

Sくんについて、最初にご連絡をくださったのはお父さまでした。

Sくんの特性(やや強いASD傾向)に対処できる家庭教師をお探しになっていたこと、Sくんの特性を考慮すると、公立中学よりも私立中学の方が適しているのではないかとのお考えから、当ホームページをご覧になり、ご連絡をくださいました。

お父さまからの最初のメールの要点をまとめると、以下のようなご相談内容でした。

  • Sくんは現在小学5年生(11歳)
  • 心療内科で自閉スペクトラム症(ASD)の診断を受けている
  • 学習障害(LD)の疑いがあり、読み書きに困難がある様子
  • 情緒面でもやや不安定な傾向で、ときどきパニックや癇癪を起こしてしまう
  • 日常的にストレスを感じているのか、激しい爪噛みの癖がある
  • 地元の公立中学校では落ち着いて過ごせないと思うので、私立中学の受験を検討している

メールの内容を拝見する限り、私もSくんには私立中学の受験をおすすめしたいと感じました。

というのも、中学生は思春期という非常に多感な時期であり、ASDの傾向があるお子さまにとっては「クラスで浮いてしまう」「友だちが出来ない」といった悩みを抱えやすい状況になります。

また、中学校では複数の小学校から生徒が入学してくるため、Sくんの個性を以前から知って受け入れてくれているクラスメイトの比率も減ってしまいます。
別の小学校から来た子どもたちにとってSくんは奇異な存在に見えてしまうため、最悪の場合、いじめの対象になってしまうかもしれません。

一方、私立中学校の場合は一定の学力を持った子どもたちが集まるため、もちろん学校にもよりますが“大人な対応ができる”生徒の割合が高くなります。そのため、Sくんが少し変わった行動をしても、「そういう人もいるよね」と受け入れられる可能性が公立中学校に比べると高くなります。

また、大人びた生徒が多い学校の場合、生徒指導もそれほど厳しくなく、子どもたちの自主性に任せる伸び伸びとした校風であることがほとんどです。
ASDのお子さまの場合、自分のこだわりと規則の折り合いをつけるのが難しかったり、「好きなことだけしていたい」という特性が強かったりするので、規則でがんじがらめにする学校よりも、より自由な環境で過ごせる環境を用意してあげるべきだと感じました。

そこで私は、Sくんのお父さまへのお返事として、

・WISC-IV検査(※)は受けているか。受けている場合、可能であれば結果を共有してほしい
・お住まいはどこか(Sくんの特性に合った学校を探すため)
・最近の学校のテストの結果など

をお尋ねしました。
※WISC-IV検査…子どもの知能指数を測るための検査。発達障害の診断の際にも広く用いられている。4つの指標と全検査IQを測ることが可能。詳しい解説はこちらの記事をご覧ください。

お父さまのお返事によると、SくんはWISC-IV検査を3年前(8歳、小学2年生のとき)に受検しており、結果は以下のとおりでした。(※保護者さまの了承を得て掲載しています)

この結果において最も注目すべきなのは、やはり言語理解指標の低さです。
Sくんは学習障害(LD)の疑いもあるとのことですが、脳の機能として読む・書くが苦手なのか、それとも言語理解が苦手なために読む・書くが苦手になっているのかによってアプローチは変わってきます

こちらについては検査の結果だけでは判断ができないので、実際に指導しながらSくんの特性を見極める必要があると感じました。

お住まいは比較的都市部で、お家の近くにもいくつか私立中学校がありました。
Sくんが今から受験勉強に取り組んでも合格でき、それでいて落ち着いていて校風が自由な学校という条件でリサーチしたところ、該当する学校を1校見つけることができました。(もう1校、条件にマッチする学校があったのですが、残念ながら女子校でした)

また、直近のテストの結果もご提供をいただきました。
テストの答案用紙を写真で撮って送っていただいたのですが、Sくんの答案は、

  • 国語での空欄が非常に多い
  • 漢字のバランスが悪い(特にSくん自身のお名前など、画数の多いもの)
  • 国語以外でも、文章を記述する問題は全て空欄
  • 算数は平均以上に回答できている

といった特徴がありました。

確かに読み書きに困難があるようにも思えますが、一方で算数の文章題は問題なく解けている様子でしたので、「全く文章が読めない・書けない」のではなく、本人の中で前向きに取り組む気持ちがあるかどうかがカギになっているようにも感じられました。

以上の所見をお父さまにお伝えしたところ、体験授業を受けてみたいとのご意向でしたので、日程を調整し、ご自宅に伺う対面方式で、まずは初回授業を行う運びになりました。

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【発達障害と中学受験】ASDとLDのあるSくんの初回授業、まずは心を開いてもらう

発達障害(ASDとLD)のあるSくんの初回授業、まずは心を開いてもらう

Sくんのお家に伺うと、その日はお母さまが出迎えてくださいました。

お父さまはお仕事でご不在でしたので、まずはお母さまとSくんの様子についてお話しすることにしました。(お父さまとは違った視点で、Sくんの特性や困りごとについてお聞きできればと考えました)

お母さまが感じられているSくんに関する困りごとは、

・癇癪を起こし、物や人に当たってしまうこと
・爪噛みの癖が激しく、ばい菌が入ってしまって病院に行ったこともあること

などでした。

特に癇癪については、4歳違いの妹さんに手をあげてしまうこともあるそうで、お母さまが非常に心配されていました。(もちろん、お父さまが仰っていた勉強や進路の困りごともご両親で共有されています。)

ASDのお子さまは気持ちを言葉にするのが苦手なため、自分でもわからないうちにモヤモヤを心の中に溜め込んでしまい、一気に爆発して癇癪を起こしてしまったり、ストレスによって爪噛みや自傷、抜毛といった行動が現われてしまったりします。

Sくんの今後の人生にとって、これらのストレスや癇癪はできる限り解消する必要がありますし、受験勉強によって一層心が苦しくなることは避けなければなりません。

勉強が過度な負担にならないよう細心の注意を払うとともに、Sくんが上手くストレスと付き合っていけるよう、ストレスの解消法や「気持ちを言葉にするテクニック」も、学習指導と並行して取り組むことをご提案し、お母さまからご了承をいただきました。

また、お母さまからは、Sくんの好きなものや遊びについても併せて伺いました。(メールでお父さまにお伺いしてもよかったのですが、既にかなり長文でメールをやりとりしていたため、Sくんの細かなパーソナリティについては対面時にお伺いすることにしました。)

Sくんは電車がとても好きで、部屋には電車のポスターがたくさん貼ってあるそうです。Sくんはあまり感情の起伏を見せないお子さまだそうですが、休みの日に鉄道展に行ったりすると、年相応の子どもらしく無邪気にはしゃぐため、お母さまも「連れてきてよかった!」と思うとのことでした。また、近くの駅の時刻表はほとんど覚えているとも仰っていました。

Sくんは将棋も好きで、週に1回将棋クラブに通っているとのことでした。Sくんの将棋の腕前はかなりのもので、年上の相手に勝つこともあるそうです。
ゲームだとパワプロが好きで、戦略を練るタイプのゲームが好みのようでした。国語の勉強は苦手なようですが、頭を使うこと自体は苦手ではなく、むしろ得意なお子さまのように見受けられました。

お母さまのお話によると、Sくんは人見知りもあるようですので、まずはSくんに心を開いてもらうことが必要だと考えました。Sくんのお家の近くには公園があったので、お母さまにも了承をいただき、まずはSくんと公園で遊びながら交流を深めることにしました。

お母さまとの面談後、自室にいたSくんと初めて対面しました。
Sくんはやはり緊張している様子でしたが、「公園で遊ぼう」と言うとこちらに少し興味を持ってくれました。家庭教師なのにいきなり「遊ぼう」とはどういうことか…と奇妙に思ったのかもしれません。

最初ですので、お母さまも一緒に公園に付いてきてもらいました。
鬼ごっこは嫌いとのことだったので、ボール遊びをすることにしました。(念のためボール遊び禁止の公園でないかも確認しました。少人数でバットなどを用いないボール遊びはOKとのこと。子どもたちの遊び場の不足も深刻ですね。)

「外で遊ぶのは好き?」
「うーん、まあまあ」

と、最初は煮え切らない様子のSくんでしたが、ボールを投げるときにフェイントをかけたり、ワンバウンドさせたりと色々な変化を付けていくと、Sくんも徐々にヒートアップしてきました。

「先生ずるい!」や「今の取れたのすごくない!?」など、こちらに心を開いてきてくれているのがわかったため、一段落したところで勉強に取り掛かかることにしました。(この日は初対面だったため、20分程度は遊びの時間に使いました。)

学習指導については、学校の宿題を使ったり、こちらで教材をご用意するなどのパターンがあるのですが、S君の場合は既に自宅で取り組んでいる問題集があるとのことでしたので、こちらを進めていくことにしました。

Sくんが取り組んでいた問題集は、

  • 国語の読解問題の問題集
  • 漢字ドリル(読み・書き)
  • 算数の問題集

の3冊でした。

お父さまのご意向では、苦手な読解を何とか克服させたいとのことでしたが、Sくん自身は国語への忌避感が強く、初日にいきなり取り掛かると、せっかくボール遊びで開いてくれた心が閉じてしまうのではないかという懸念がありました。

残り時間も少なかったため、読解問題は選択肢から外し、「今日は漢字ドリルと算数をしよう。どっちが先の方がいいかな?」とSくんに選んでもらいました。Sくんは算数を先にしたいとのことだったので、この日は算数の問題集を2ページ、漢字ドリルを2ページ進めることにしました。

ASDのお子さまの指導の際には、このように先に見通しを伝えることが非常に重要です。というのも、見通しが立たないと、「いつまでやればいいのか」「ずっと嫌な問題を解かされるのか」という不安やイライラの原因になります。

もちろん、ずっと漢字ドリルをさせるはずはありませんが、ASDのお子さまは“言わなくてもわかる”といった暗黙の了解を感じ取ることが苦手なので、未来のことについては具体的に伝えることを意識しています。

併せて、「自分で決める」ということも重要なポイントです。
これは、ASDのお子さまに限ったことではありませんが、「国語をやりましょう」と先生が一方的に指示するのではなく、「国語と算数、どっちが良い?」と選択肢を与えて自分で選んでもらうと、自分で決めたことだからと頑張れるお子さまは多くいらっしゃいます。

ASDの受験勉強のポイント

  • 先に見通しを伝える
    (例:今日は漢字ドリルを2ページ、算数の問題集を3ページ進めます)
  • 自分で決めさせる
    (例:漢字と算数、どっちから先にする?)

問題に取り掛かると、Sくんは算数の問題集はサクサクと解くことができたのですが、漢字ドリルになるとつまずきが目立ちました。文字をひと固まりで捉えるのが難しいようで、漢字を一画ずつのパーツに分けて認識している傾向がありました。

例えば、「物」という漢字だと、ほとんどの人は「牛(うしへん)」と「勿」というパーツで捉えますが、Sくんは「牛」だけでも、

・斜めの線が1つ
・横の線を2つ
・縦の線を1つ

という形で捉え、「牛」という全体を把握できていません。
そのため、書くのに非常に時間が掛かるほか、バランスも悪くなってしまっていました。学習障害(LD)のうち、書字障害・識字障害に該当する可能性も含めて、丁寧な対応が必要なケースに思われます。

また、後半になると集中も途切れてきたのか、少し不機嫌な様子や、書くのが雑になる様子が見受けられました。「できてる!」「いい感じ!」と褒めながら初日は何とか乗り切りましたが、40分以上は集中が持たないようでしたので、次回以降は時間配分や難易度の緩急、取り組む問題の順序を工夫する必要がありそうです。

初回の授業を踏まえ、お父さまとお母さまには以下のようにご報告のメールをお送りしました。

***

本日は、初回授業を受講いただきありがとうございました。

お伺いしていたとおり、Sくんは初対面の人を警戒してしまう傾向があるようですので、しばらくは信頼関係の構築を最優先にするのが良いと感じました。具体的には、今日と同様、最初に遊びの時間を作り、心を解きほぐしてから勉強に入っていければと思います。

勉強については、最初の方は良いペースで問題を解けていたのですが、後半は集中が途切れてくるのか、不機嫌な様子もうかがえました。
時間的には少し余裕があったため、「あと1ページやってみる?」と提案したところ、かなりイラっとした様子で「やらない!」とおっしゃいました。

途中で計画を変えたり、ノルマを追加したりすることはストレスが大きそうですので、その日の始めにやることを決め、それに沿って進めていくことが重要だと思われます。

また、ご準備いただいている教材につきまして、事前のメールでは読解2ページ、漢字4ページ、算数4ページを目標と想定してました。今日は遊びに多くの時間を割きましたが、そうでなくとも今のSくんですと、全て解くのに1時間以上はかかるかと思います。

今日のご様子ですと、Sくんの集中力は連続で40分程度が限界とお見受けしますし、それ以上は精神的な負担が大きくなりすぎると思いますので、今後は以下のようなスケジュール感で進めていくことが良さそうと感じまして、いかがでしょうか??(全体の勉強時間をこれ以上伸ばすのは難しいと思いますが、時間の配分や順番については調整できると考えています。また、集中力含めた勉強時間も、少しずつ伸ばすことはできそうだと感じております。)

①公園遊び(10分)
…Sくんと私の信頼関係がしっかりと築けるまでは、最初の遊びタイムを継続したいと考えております
②漢字ドリル(20分)
…間違えた漢字の直しもこの場で行います
③国語の読解(15分)
…数をこなすのではなく、丁寧に、Sくんなりに理解できることを目指します
漢字ドリルで疲れているときは、少し休憩を入れます
④算数(15分)
…比較的楽しく解けるようなので、疲れてきた後半に入れます

そのほか、気になることなどありましたら何なりとお申し付けください。

また、私が帰った後のSくんの様子などで変わったことがありましたら、教えていただけますと幸いです。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

***

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【発達障害と中学受験】ASDとLD併発のSくん、指導の方針と読字障害への対応

【発達障害と中学受験】ASDとLD併発のSくん、指導の方針と読字障害への対応

初回授業を踏まえ、私はSくんの指導方針を以下のように考えました。

<Sくんの指導方針>

  • 国語については、書字障害・読字障害の可能性も考慮し、無理の無い範囲で少しずつ取り組む
  • 算数については平均以上の学力があるため、受験の際に最大限生かせるよう、どんどん磨いていく
  • メンタル面のケアのため、「最初の計画を変えない」「無理をさせない」ことを徹底し、保護者さまにもご協力をいただく

また、2回目の授業で分かったのですが、Sくんは「読み」にも大きな困難を持っていました。
国語の読解問題を解く際に本文を音読してもらったのですが、言葉をひと固まりで読むことができず、単語の途中で切れ切れになってしまうのです。

例えば、『今日の朝、弟と一緒に公園にいきました。』という文章を読むとき、普通は、

きょうの あさ、おとうとと いっしょに こうえんに いきました

と文節にまとめながら読みますが、Sくんの場合、

きょ…う、の、あ、さ。おとうと、と、いっ…しょ…に、こう、えん、に、いき…まし、た

というように、文字を一つ一つ追って読んでいるようでした。

漢字の読み方も、「『今』という字と、『日』という字があって、この場合の読み方は…『きょう』」というように、プロセスを一つ一つ処理していて、「今日」という文字を見たときにぱっと「きょう」という読み方が出てこないように見えました。

一方で、Sくんは必ずしも文章が読めない・書けないというわけではありません
算数では問題文をスラスラと読むことができて解答も書けていますし、野球のゲームも問題無く遊べています。

そこで私は、Sくんの読み書きの困難の根本には、「言葉と概念の結びつきが弱いこと」が原因なのではないかと考えました。

朝(あさ)という言葉は、夜が明けてからお昼ごろまでのこと。
弟(おとうと)という言葉は、後から生まれた男の兄弟のこと。
公園(こうえん)という言葉は、遊具などがあって遊べる場所のこと。
行く(いく)という言葉は、ある場所から場所へ向かうこと。

“それぞれの単語は、あるものや概念を指している”という認識が弱いために、「朝」という言葉を見たときにぱっとイメージが浮かばず、「あ」「さ」と一つずつの文字で捉えてしまっているのではないか。

逆に、算数の問題では「長さ」「正方形」「○メートル」など、概念の種類が少なくイメージと結びつきやすいため、すんなりと頭に入るのではないか。

あくまで仮説ですが、S君の場合は、「文字が歪んで見える」「まっすぐ字が書けない」というような、視覚の認知機能による読字障害・書字障害というよりは、言葉と概念の結びつきの弱さが根本にあり、結果として読み書きへの忌避感が生まれ、国語が苦手になっているという方が説明がつくように感じました。

また、Sくんの場合、

  • 真っ白の紙よりも、少し色のくすんだ紙(わら半紙など)の方が読みやすい
  • 文字が大きい方が読みやすい
  • カラーで印刷されていると読みやすい
  • イラストや写真の多い本を好む

という傾向がありましたが、真っ白の紙であっても全く読めないわけではなく、例えばわら半紙のプリントを読んでもらって「読めてるよ!すごい!」と褒めた後は、真っ白い紙の文字にもチャレンジし、ある程度は読めるようでした。

また、算数の問題はスラスラ読めていたので、こっそり国語の問題の一文を算数の問題文に混ぜてみたところ、よどみなく読むことができていました。

このことから、Sくんは国語への苦手意識が非常に強く、「自分には読めない」という一種の自己暗示にかかってしまっている部分があるように思われました。
そこで、国語への苦手意識を払拭し、自分にも読める!と思ってもらうために、以下の対応を考えました。

  • 「わら半紙」「カラー印刷」「大きな文字」など、まずはSくんの読みやすいものをたくさん読み、自信をつけてもらう
  • 徐々に真っ白の紙や白黒印刷、小さい文字のものなどを混ぜていく
  • Sくんの負担感を最小限にし、「いつの間にか読めるようになった」という状態を目指す

一方で、Sくんの場合とは違い、脳の認知機能として、「文字が歪んだり、にじんで見えたりする」「まっすぐ字が書けない」「枠の中に字が収まらない」「鏡文字になる」タイプの学習障害(LD)の方の場合は、いくら鍛錬しても正常に文章が読める(見える)ようになったり、字を書けるようになったりすることはほとんどありません。

無理に練習をしても本人のストレスにつながりますので、このタイプの学習障害の方の場合は、読み上げ機能を使ったり、キーボード入力を使ったりと、環境の調整によって問題を解決することになります。

お医者さまによっては、どんなパターンの学習障害であっても、「学習障害(LD)→生まれつき読み書きが苦手→無理に書かせなくても良い」と考える方もいるそうです。
ですが、Sくんのように言葉と概念の結びつき(言語理解)が弱いことが根本の原因である場合においては、読み上げ機能やキーボード入力では問題は解決しないように思われます。

特にASDの方は、耳で聞くよりも目で見た方が情報が処理しやすい場合が多いため、読み上げ機能を使うとますます何を言っているのかわからなくなってしまう可能性も考えられます。

SくんがWISC-IV検査を受けたとき、お医者さまからは「字は書かない方が良い」と言われたそうです。そのため、Sくんは検査を受けた小2からの1年間、文字をほとんど書かずに過ごしました。

今となってはわかりませんが、小2~3という大切な時期に文字を書かずに過ごしたことで、もともと弱かった言葉と概念の結びつきがさらに弱くなってしまった可能性は否めません。

詳しくお話を聞いていると、ご両親とも「お医者さまの指示は、本当にSくんのためになっているのだろうか…」と感じており、小4の時に「このまま文字を書かせずに育てるのはSくんにとって良くない」と考え至って病院を変え、さらにSくんの特性に対応できる家庭教師を探し始めたとのことでした。

私は、「文字(言葉)はこの世界と結びついているのだ」という認識を少しでもSくんに実感してもらえるよう、ご両親と相談しながら様々な対応策を考えました。
例えば、低年齢向けの絵本(ただし、Sくんのプライドを傷つけないよう、対象年齢を伏せる等の工夫が必要です)や、Sくんの好きな電車の図鑑で、絵図と文字を交互に見せてその結びつきを覚えてもらったり、家の中にあるものに「テーブル」「いす」「冷蔵庫」などシールを貼って、物は言葉で表せるのだということを実感してもらったりします。

シールについては、最初のうちはSくんも「これは何?」と興味を持ってくれたのですが、数日で慣れてしまいました。
そこで、会話の中に冷蔵庫が出てきたときに、冷蔵庫を指さしながら話すなど、「モノ」と「言葉」が結びついていることがわかるようなジェスチャーを取り入れることをご家族に意識してもらいました。

漢字についても、言葉と概念の理解が進むにつれ、パーツごとに見るのではなく、意味として捉えることができるようになるのではないかと考えました。また、小2~3の間に文字を書いていなかったことで、単純に反復練習が不足している可能性もあります。

そこで私は、Sくんが嫌になってしまわないよう、最低限の練習回数で効果が現れる「○△×方式」をおすすめし、お家で取り組んでもらうようにお願いしました。○△×方式の練習方法について実際にお送りしたときのメールは、以下のとおりです。

***

学習障害(LD)疑いの診断を受けた際のお話について、詳しくお聞かせいただきありがとうございました。

学習障害(LD)はお医者さまの間でも様々な考えがあるようですので、Sくんの様子をしっかり見ながら、ある意味では試行錯誤の中で支援方法を探っていく必要があると感じています。

お家での工夫などご協力をお願いすることもありますが、どうぞよろしくお願いいたします。

漢字については、以下の2点がつまずきのポイントになっていると考えられます。

①漢字を文字ではなく形として捉えており、覚えるコストが非常に高くなっている。そのため、ハネやはらいなど細かいところまで覚えられない。
→言葉と概念の結びつきを強化することが、漢字を文字として捉える訓練にもつながると考えます

②単純な反復練習の不足
→漢字の書き取りはSくんにとって負担の大きいものですので、最低限の練習回数で覚えられるよう、以下の方法で取り組んでみてください(○△×方式と呼んでいます。)

<○△×方式>
1.
1日5回ずつ、2日間漢字を書く(一度にたくさん同じ漢字を書いても、脳にインプットされず手を動かすだけの作業になってしまうので、5回で十分です)2.
3日目に覚えた漢字とそうでない漢字を○△×で分類し、△と×だけ5回ずつ書く(7日目まで続ける)
○:確実に覚えた!
△:覚えたけれど、ちょっと不安
×:まだ覚えていない

3.
7日目、○だった漢字も含めて覚えているか確認する。△と×になった漢字は来週に持ち越し、○だった漢字はクリアとする

***

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Sくんのもう一つの大きな課題は、時折起こしてしまう癇癪・パニックでした。

私の授業の際にも、ちょっとしたこと(間違えた漢字を私が何気なく消しゴムで消してしまったことが原因でした)がSくんの琴線に触れてしまい、その場で問題集を破ってぐしゃぐしゃにし、机の上の物を手当たり次第に放り投げるという状態になりました。

こちらの言葉が一切耳に入らない興奮状態にあったため、声掛けはせずにじっと見守ることにしました。ひと通りエネルギーを発散させ終えると気持ちが落ち着くようで、少し休憩した後はもう一度勉強に取り組むことができました。

また、学習指導とは関係無く、私がお家に伺ったときにはすでに癇癪の真っ最中ということもありました。Sくんは自室のクローゼットから出てこず、声をかけると内側からクローゼットの扉をドンドン叩くという状態でした。

Sくんはまだ小学生ですので、物を投げると言ってもそれほど大きなものは投げられませんが、それでも当たり所によってはご家族がケガをするかもしれません。身体が大きくなって力が強くなれば、その危険はますます大きくなってしまいます。

Sくん自身も癇癪を起こすことで体力を消耗しますし、何より精神的に大きな負荷がかかってしまいます。ストレスを溜め込むのではなく、上手くガス抜きしたり、癇癪ではない形で発散することが必要だと感じました。

まず私が提案したのが、「物を投げないこと」だけは守ってもらうということです。
紙を破ったり、ぐしゃぐしゃにするのはいくらでもやって構わないから、周りの人がケガをしてしまうことだけは避けてほしかったからです。

癇癪を起こしている最中に伝えても伝わらないので、癇癪がある程度落ち着いた状態の時に伝えました。Sくんも「わかった」と言ってくれたのですが、癇癪を起こしているときはほとんどパニックになっているので、思わず物を投げてしまうことはまだあります。(それでも、一時期よりはだいぶマシになったとご両親から伺いました。)

併せて、癇癪後のタイミングで「何が嫌だったのか」を言葉にできるよう心がけました
Sくんは癇癪を起こしている最中、「もう嫌だー!!」と叫んではいるのですが、何が嫌なのかは口にしていません。何が嫌なのかSくんの中でも整理できておらず、たまったものが一気に爆発してしまっているように見えました。

「たくさん勉強しなきゃいけないから嫌だった?」
「うーん…」
「文章の問題が嫌?」
「うん、そうかもしれない」
「やりたくなかったら、『やりたくない』って言ってくれたら良いからね」

このように伝えたものの、Sくんは自分の心の動きに鈍感な傾向があり、気付いた時には爆発寸前になってしまうようでした。

Sくんを長く指導しているうちに、癇癪の直前の兆候が何となくわかるようになってきたので、最終的には私から「疲れた?休憩する?」と声を掛けることで対処していました。

ASDの方の場合、大人になってからも癇癪が続くこともあります。
癇癪そのものを抑えることが難しい場合は、最低限周りに危害を加えないようにするとともに、自分の心の動きに注意できるよう、少しずつ練習を重ねていくことが大切です。

また、発達障害の特性によりどうしても感情のコントロールが苦手で、社会的にも大きな困難を抱えているような場合は薬を服用することもあります。カッとなって人や物を傷つけてしまったり、そのことで強く落ち込んでしまったりして生きづらさを抱えている場合は、専門機関や病院に相談するようにしましょう。

参考情報:
ASD・学習障害の特徴と支援方法|集団行動が苦手・音読がつまずく子ども|越谷心療内科さくらメンタルクリニック

【発達障害と中学受験】ASDとLDと併発しているSくん、合格への道のり

【発達障害と中学受験】ASDとLDと併発しているSくん、合格への道のり

Sくんも小学6年生になり、いよいよ受験の時期が迫ってきました。

Sくんの懸念点はやはり国語でしたが、私の授業が無い日も、ご両親にご協力いただきコツコツと漢字練習を続けてもらうほか、「妹に読み聞かせる」という名目で簡単な絵本を声に出して読むことにも取り組んでいただきました。

さらに、毎回の授業ごとに音読にも取り組みました。結果として、Sくんの読む力を最も向上させたのは、この「音読」だったと感じています。

ただ声に出して読むのではなく、言葉と言葉の区切りを視覚化し、さらに言葉のイメージを想像しながら読んでもらうということを地道に練習していきました。

具体的には、

  1. まずはSくんに音読してもらう(最初は「とも…だち、と、」のような途切れ途切れの読み方になりますが、文章に目を通してもらうことが目的ですので指摘はしません)
  2. 私が文章に分かち線を引く(例「ともだち/と/おやつ/を/食べ/まし/た」)
  3. 私が文章を音読し、Sくんには分かち線を引いた文章を目で追ってもらう
  4. Sくんに、分かち線を引いた文章を見ながら音読してもらう
  5. Sくんに、分かち線を引いてもらう

Sくんは言葉をひと固まりで捉えることが苦手なので、分かち線を引くことで「どこからどこまでが一つの単語なのか」を感覚でつかんでもらえるように練習を繰り返しました。
Sくんの気分が乗らないときは、途中までで終わってしまったり、私が音読したりするだけで終わる日もありましたが、数か月かけてコツコツ取り組み、とにかく言葉や文章に触れる機会を増やしていきました。

音読の練習や、上述の日常的なサポートを4~5か月続けたところ、Sくんの読む力は格段に向上しました。音読の発音は、定型発達のお子さまと変わりないほど滑らかになりましたし、文章を読むスピードもかなり速くなりました。

言葉と概念の結びつきも強くなったためか、国語の読解問題を解くスピードも上がり、漢字も以前より覚えやすくなりました。

結果、国語の答案用紙がほとんど白紙だったSくんも、小6の秋ごろには8割以上は「何か書く」ということができるようになりました。これだけ回答欄を埋めることができれば、あとは精度を上げていくだけです。

この頃になると、Sくんと私の信頼関係もかなり強固なものになってきました。
指導を始めて2か月間ほどは、Sくんの心をほぐすため、授業の最初に必ず公園遊びを取り入れていました。

Sくんの気分が乗らないときは、勉強と勉強の間の休憩時間や、最後のご褒美タイムとしても遊びを取り入れていましたが、3か月あたりからは遊びが無くても自然と勉強に心に向くようになり、徐々に遊びの時間を減らすことができました。

さらに4か月目からは、オンライン授業を取り入れるようになりました。
ストレスを溜めていないか、集中は途切れていないかなど、最初のうちは対面でSくんの様子を細かく観察する必要がありましたし、Sくんにとっても、画面越しよりも対面の方が集中して授業が受けられます。

そのため、3か月目までは完全対面で授業を行っていましたが、段々とSくんが私の授業に慣れてきてくれたこと、そして私自身がSくんの持っている特性や集中のリズムを理解出来てきたため、オンライン授業にもチャレンジすることになりました。

いきなりすべての授業をオンラインにするのではなく、3週に1回、2週に1回と徐々にオンラインの頻度を増やし、最終的には月1回は対面、後はオンラインという形になりました。

算数については元々心配していませんでしたが、「国語に比べれば楽しい」というモチベーションもあるためか、かなり前向きに取り組むことができていました。
「国語と算数、どっちからする?」と聞くと、大抵は得意な算数からしたいとSくんは答えるのですが、集中が切れ始める後半で国語に取り組むと、身に付かないばかりかストレスになってしまいます。

そこで私も、「楽しい算数は後にとっておくのはどう?」と提案し、3回に2回は国語に先に取り組んでもらえるよう誘導していました。
大人にも当てはまりますが、「あとで嫌なこと(Sくんの場合は国語)をしなければならない」と思っていると、どうしてもそちらに考えが行ってしまい、今やっていることに集中できないことがあります。

中には、どんなに勉強が嫌でも、あるいは他に心配なことがあっても、関係なく集中できるという精神的なキャパの非常に大きい人もいますが、ほとんどの人はそうではありません。
ですので、勉強に取り掛かる前には、自分が集中できる状態にあるかを確かめ、集中できない何かがあるときは、まずそれを取り除くことを心がけましょう。

Sくんの場合は、

・新しい家庭教師で不安だ → 公園遊びで仲良くなる
・国語の勉強が嫌だ → 先に片づけてしまう

という方法で集中できる状態を作っていました。

比較的短期で解決できるものが多かったのはSくんの強みですが、お子さまの中には「男の人が怖い」「考えることそのものが苦手」といった解決に時間が掛かるトラウマなどを持っていることもあります。その場合には、根気よく寄り添うことが必要です。

何があっても動じないよう、精神的なキャパシティ自体を大きくするという方法もありますが、性格・性質は生まれつきの部分も大きく、一朝一夕に胆の座った人間になれるわけではありません。
まずは自分の心のキャパシティを奪っているものが何か、そしてそれを解決することを優先しましょう。

発達障害のお子さまの受験期におけるメンタルサポート

  • 本人の集中のリズムや好みを指導者が徹底的に分析する
  • 嫌な事や心配事は事前に取り除き、勉強に集中できるよう気持ちを整える
  • 適度に息抜きをさせてあげる

さて、いよいよ受験の日。
実のところ、Sくんは予想していたよりも大きく伸びてくれたため、もう少し偏差値の高い学校でも合格圏内でした。ですが、Sくんにとってストレスは大敵であり、ぎりぎりの学校を狙うよりも、余裕をもって試験に挑んでほしかったため、敢えて志望校のレベルは上げずに受験に挑んでいただきました。

結果、Sくんは無事に合格することができました。
正直に申し上げると、最初Sくんに音読してもらったときはあまりにもたどたどしかったため、本当にSくんの国語力は伸びるのだろうかと非常に不安でした。

また、読字障害・書字障害の可能性も否めず、キーボード入力の使用や文字の拡大が必須となると、中学受験自体が厳しくなることも懸念していました。
(公立高校の受験や共通テスト、国立大学の二次試験では、特別な配慮が可能なケースも増えてきています(参考:令和5年度 受験上の配慮案内(PDF形式) | 独立行政法人 大学入試センター

ですが、Sくんの学習障害(LD)においては、言語理解の低さが根本原因であったため、地道に言葉に触れていくことで、読みづらさ・書きづらさを解決することができました。

もちろん、中学校に上がれば国語の問題の難易度も上がりますし、Sくんが壁にぶつかることもあるかもしれません。
ですが、中学受験を乗り越えたという経験はSくんにとって大きな自信につながるとともに、何より、自由な校風の学校で伸び伸びと過ごせることはSくんの人生にとって大きなプラスになるはずです。

プロ家庭教師をしていていつも思うことは、「お子さまは無限の可能性を秘めている」ということです。そして、その可能性が現実になるかは、お子さま自身が自分を信じられるかどうかにかかっています。

Sくんが苦手な国語を乗り越えられたのは、Sくん自身が「自分にもできる!」と信じたからです。周りの大人がいくら「きっとできるよ」と言っても、最終的にはお子さまが心の底から自分を信じなければ、高いハードルを越えることはできません。

Sくんが自分を信じられるよう、全力でサポートしていただいたご両親、そして何よりもまず、苦手な国語から逃げずに立ち向かってくれたSくんに、私は精一杯の拍手を送りたいと思います。

Sくん、合格おめでとう!
最後までお読みいただきありがとうございました。

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